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サム・ベネットがツールメンバーから外れた3つの理由をGMパトリック・ルフェーブルが語る

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Image by Gerd Altmann from Pixabay
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土壇場になってDeceuninck-Quick-Stepのエーススプリンターはサム・ベネットからマーク・カヴェンディシュに変わった。

この理由について、GMのパトリック・ルフェーブルが語っているので聞いてみよう。

 

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不誠実な態度

 

一つ目の理由

サム・ベネットはバロワーズ・ベルギーツアーの3日前にトレーニングでハンドルに膝をぶつけて欠場している。

 

だが、ギアが滑ってハンドルバーに膝をぶつけたという事実を彼はチームに話していない。当然、GMのパトリック・ルフェーブルも知らない話だった。

 

2つ目の理由

サム・ベネットは日曜日の夜にベルギーに来ることになっていた。だが、オーバーブッキングがあり、飛行機に乗れなかったと。

だが、新たに席を取ることなくサム・ベネットは来なかった。チームに合流しなかった理由にはならない。チームに合流しないのは論外だ。

 

3つ目の理由

膝を打った後に、チームはサム・ベネットに休養するよう指示。サム・ベネットはチームが知らないうちに、モナコの理学療法士の所に行ったことが分かった。

これは、本人も膝に不安を抱えていることの現れだろう。だが、チームに内緒で行くことはない。

 

真実以外のことをチームに話している。チームの3人の異なる人々に3つの異なることを言っていたことになる。

パトリック・ルフェーブルは、休養しなければならないと聞いた時点で、ケガの深刻さについて考えていたと言う。簡単には治らないと。

2013年An Post – Chain Reactionのコンチネンタルチームで走っていた時も、膝の手術をしており、昔から不安があることは確かだ。

 

移籍時には違約金を支払っている

サム・ベネットはBORA-hansgroheからDeceuninck-Quick-Stepに移籍する時に、契約問題でもめていた。

5月にBORA-hansgroheとの契約を延長する意向書にサインしており、法廷闘争を引き起こし、事件はUCI仲裁委員間に送られていた。

契約期間が残っている中での移籍のために罰金をDeceuninck-Quick-Stepが肩代わりしている。

 

これについてパトリック・ルフェーブルは

私は、BORAに彼の罰金の前払いさえした。それなのに私をこのように扱うのならば、私はそれを排除するつもりはない。

30歳の男があえて真実を語らないのは残念だと。

この世界は、信頼がなければやっていけない。まして、真実を語らなければ結果が良くなることはない。

マーク・カヴェンディシュについては、期待は高くないという。マークは30歳ではないと。彼が勝てなくても、誰もがそれだと思うだろうが、勝った場合には誰もが彼を王位につけるだろうとも。

確かに、勝てなくても問題はないが、勝った場合にはツール最多勝のエディ・メルクスの34勝に近づくことになる。

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