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ナイロ・キンタナ引退へ、ブエルタ・ア・エスパーニャを最後の舞台に新たな夢へ

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ジロ・デ・イタリアやブエルタ・ア・エスパーニャでの総合優勝経験を持つトップクライマー、ナイロ・キンタナ(Movistar Team)が、2026年シーズン限りでプロ自転車選手を引退することを発表した。

現在36歳のナイロ・キンタナは、ボルタ・ア・カタルーニャ開幕前の記者会見でこの決断を明らかにし、17年にわたる輝かしいプロキャリアに終止符を打つこととなった。

 

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毎レースがラストダンス

 
 
 
 
 
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ナイロ・キンタナの投稿

今日は、私の歩んできた道のりの最深部から、皆さんに語りかけたいと思う。

ボヤカの山々の中で育ったあの少年から。一歩一歩、ひっそりと、私はコロンビアで自分の道を切り拓いてきた。

学び、転び、そして立ち上がる機会を与えてくれたチームたちと共に。そこで私は、これが単なるスポーツではないと理解した……それは生き方そのものだったのだ。

そして2012年、すべてを変えるチャンスが訪れました。Movistar Teamが私に信頼を寄せてくれたのだ。

それは単なる移籍ではなく、私がかつて想像したよりもはるかに大きな夢の始まりだった。今日、振り返ってみると……目に入るのは結果だけではない。

人々の姿が見える。レースの裏で支えてくれた仲間一人ひとり、スタッフの皆さん、そして回復期や困難な時期を支えてくれたすべての人々に感謝したいと思う。

今日、私が語るのは「別れ」ではない。「始まり」についてだ。

これからも築き続け、企業を立ち上げ、新たな機会を切り開き、競技スポーツだけでなくレクリエーションとしてのスポーツも支援したい。

サイクリングが私に与えてくれたすべてを、人々や若者たちに還元していきたいという、新たな始まりについてだ。

 

輝かしい経歴

 
 
 
 
 
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ナイロ・キンタナは、2010年に若手登竜門である「ツール・ド・ラヴニール」で総合優勝を果たし、プロとしての頭角を現した。

2012年にスペインの強豪Movistar Teamに加入すると、その圧倒的な登坂力を武器にグランツールで大活躍を見せる。

ツール・ド・フランスではクリス・フルームらと幾度も名勝負を繰り広げ、世界的なトップ選手としての地位を確固たるものに。

ツール・ド・フランスでの成績は

・2013年:総合2位(新人賞、山岳賞、第20ステージ優勝)
・2014年:不出場(同年のジロ・デ・イタリア総合優勝)
・2015年:総合2位(新人賞)
・2016年:総合3位(ブエルタ・ア・エスパーニャ総合優勝)
・2017年:総合12位
・2018年:総合10位(第17ステージ優勝)
・2019年:総合8位(第18ステージ優勝)
・2020年:総合17位
・2021年:総合28位
・2022年:失格(本来の成績は総合6位でフィニッシュしが、後の検査でトラマドールが検出されたため成績剥奪)

 

ナイロ・キンタナはモビスターに8年間在籍。2014年ジロ・デ・イタリア総合優勝。2016年ブエルタ・ア・エスバーニャ総合優勝。

ツール・ド・フランスには2013年と2015年に2位となっている。グランツールではトップ10に10回。合計43勝という輝かしい成績を残してチームを去った。

2020年からはフランスのArkéa-Samsicへ移籍し、エースとしてチームを牽引。2020年末は、交通事故から両ひざの手術となり復帰を目指すシーズンだった。

 

2022年のナイロ・キンタナは調子が良かった。

  • ツール・ド・プロヴァンス 第3ステージ優勝 総合優勝
  • ツール・ド・アルプス 第3ステージ優勝 総合優勝
  • パリ~ニース 総合5位
  • ボルタ・ア・カタルーニャ 総合4位
  • ルート・ドクシタニー 総合7位
  • ツール・ド・フランス 総合6位

 

ツール総合6位というのは、チームにとって非常に大きい成果だ。ナイロ・キンタナのUCIポイントランキングは22位。チームの稼ぎ頭となっていた。

しかし、2022 ツール・ド・フランスの2回の血液分析 (7月8日と13日) で、トラマドールが検出された。これによりツール総合6位の記録は抹消された。

 

ナイロ・キンタナはトラマドールの使用をしたことがないと発表。スポーツ仲裁裁判所(CAS)で自分自身の主張をするために、ブエルタを辞退することになった。

そして、3年間でTeam Arkéa Samsicを去ることになる。2023年はコロンビア選手権に出場のみとなった。

1年間のチームなしから古巣のMovistar Teamに復帰。

 

2024 ジロ・デ・イタリア第15ステージで優勝するかと思われたけれど、タデイ・ポガチャルに抜かれて2位となっていた。

結局最後の勝利は2022 ツール・デ・アルプ第3ステージとなっている。

 

ナイロ・キンタナは引退してもすでにコロンビアで有名人なので次のステップも踏み出せる。事業にも乗り出しており何も問題はないだろう。

最後のレースはブエルタ・ア・エスパーニャとなる。

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