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カムバックの終わりを告げたと語るファビオ・ヤコブセン

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Photo credit: Pensiero on VisualHunt.com
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ファビオ・ヤコブセンは、2019年初めてのグランツールであるブエルタで第4ステージと最終ステージでスプリント勝利をあげた。実に2勝だ。

2019年は、将来のチームのエーススプリンターとして活躍が期待された年でデビュー年の7勝から10勝へと飛躍。

だが、2020年8月6日、ツール・ド・ポローニュでゴール前の悲惨な事故により、選手生命を脅かされる事故を経験する。

 

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カムバックの終了

 

事故後は、人為的昏睡状態に陥り、命を救う治療を優先。集中治療室には1週間入っていた。その後も、オランダのUCUで3週間過ごす。

ファビオ・ヤコブセンは、事故後に最も困難だった時のことを話している。

 

如何に悲惨だったか、どうやって事故から1年足らずで完全復活できたのか不思議なほどだ。

ケガが上半身に集中しており、下半身はUCIの陪審員にぶつかったお尻が被害を受けたくらいなのが幸いしたとも言える。

ここからレースに復帰したのは250日後。

さらに勝利するには、時間がかかる。ディラン・フルーネウェーヘンともレースで競いあった。

そして、ついに復帰後の初勝利をあげる。第1ステージでディラン・フルーネウェーヘンが勝利した後だ。

実に、ステージ2勝をあげた。すでにデータ上では力を取り戻していたが、実際のスプリントとなると話は別だった。

 

そして、迎えた2回目のブエルタ。第1ステージは斜めに進んで2位。だが、第4ステージでは難しい登りスプリントにも関わらず、2020ジロスプリント王のアルノー・デマールを倒すことが出来た。

1年足らずで、完全に戻ってきたことになる。

 

これについてファビオ・ヤコブセンは

これでカムバックは終わりだと言える。2年前にブエルタのグランツールで優勝し始め、ここで再びスプリントで優勝した…事故は常に私の人生の一部だが、今ではそれを後ろに置いてスプリントのフィニッシュに戻ることができる。

それが私が得意なことだからだ。 たくさんのスプリントに勝ちたい。そして、今後数日で別の勝利を収めることを望んでいる。

手術後、最初は身体的な部分であり、再び普通の人になった。その後、身体的および精神的にプロのサイクリングへの道が始まった。それは密接に関係している。

最初のレースでは、もちろん、忙しくてスピードが速く、クラッシュの可能性が常にあるので、バンチスプリントは少し怖かった。

しかし、私が肉体的なレベルで準備ができていることを知ったら、精神的にそれを持っているかどうかをテストすることができた。

ツール・ド・ワロニーですでに成功していた。物理的に勝つことができ、精神的には正しい場所にいることに気づいた。私は自信を持っていた。

それが肉体的側面と精神的側面が結合するところだと思う。

カムバックへの道は終わった。ここからは、ファビオ・ヤコブセンの新たな章が始まる。

 

勝利はランプレヒトに奉げる

明日からのジャージに合わせてバイクも衣替え

 

過去12か月の経験はヤコブセンの見方も変えている。

私はポーランドの集中治療室で1か月を過ごした。それについて泣き言を言いたくはない。

それは不幸なことだが、それは結果的に人としての見方を少し変えた。

それは、私の痛みの限界が人よりも少し高い所にあると言うことができる。バイクでレースする。これが私がやりたいことなんだ。

このチームに参加して勝利を目指している。ここでの最後の500mの痛みは、手術後の痛みや集中治療室での痛みと比較して何でもない。

(クラッシュ後は)もう少し注意が必要だが、スプリンターとして、2、3回ブレーキをかけると、決して勝てない位置にいることに気づく。

視点が変化しており、リスクも受け入れる精神力も戻っている。

更に、ヤコブセンは、医療スタッフ、家族、チームメートに敬意を表するとともに、2019年ツール・ド・ポローニュで落車して自宅に帰ることのなかったヒョーグ・ランプレヒトについて語っている。

 

彼はもう私たちの中にいないので、私はこの勝利をヒョーグ・ランプレヒトに捧げたいと思う。

彼は天国にいて、私たちに微笑んでいると思う。この勝利は彼と彼の家族にも当てはまる。彼のことをよく考えている。

ファビオ・ヤコブセンも、フェンスを越えてUCIの陪審員にぶつからなければ命はなかったはずだ。今の幸せを噛みしめつつ冥福を捧げている。

 

 

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