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Team SKYでも活躍したジョセフロイド・ドンブロウスキーがチーム検索を終了

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Photo credit: FrenchKheldar on Visualhunt
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Astana Qazaqstan Teamとの延長契約がとれなかったジョセフロイド・ドンブロウスキーが、32歳の若さでキャリアを終了する。

2023ブエルタ・ア・エスパーニャを総合59位で終えたのが最後のレースとなった。

 

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11年で4勝

 

ジョセフロイド・ドンブロウスキーは、2013年Sky Procyclingでプロデビュー。

2015年Team Cannondale – Garminに移籍。2015年に地元アメリカのThe Larry H.Miller Tour of Utahで総合優勝している。

2020年UAE-Team Emiratesに移籍。2022年にAstana Qazaqstan Teamに移籍したのが最後のチームとなった。

この間グランドツアーには14回出場している。

2019ジロ・デ・イタリアでは総合12位に走る走りも見せている。また、2021ジロ・デ・イタリア第4ステージの山岳で見事な逃げ切りを見せてくれている。

ジョセフロイド・ドンブロウスキーのコメント

いろいろ考えた末に、プロサイクリストとしてのホイールを外すことを発表したい。あれから11年、14のグランツールを経験し、若い頃からの夢であったこの素晴らしい旅に出られたことを幸運に思う。

プロになると、日常生活はトレーニングブロック、トレーニングキャンプ、そしてレースで構成される。すべてを振り返ってみて初めて、その背景を説明する言葉を見つけることができる。

高校時代、英語の教師が自分自身に手紙を書かせていた。1年後、5年後、10年後に何をしたいか、人生においてどうありたいかを書くことになっていた。当時、クラスで自分の手紙を発表するのは少し恥ずかしかった。それは、私の目標が圧倒的に突飛だったからだ。

プロのサイクリストになりたかったし、ヨーロッパに住みたかったし、世界中の大きなレースに出場したかった。手紙は自分で宛名を書き、対応する日付に送られてきた。

時間が経つにつれて手紙のことは忘れてしまったが、実家の郵便受けに再び手紙が入っていたときは楽しい驚きがあった。キャリアの中で、最高と思える時も最低と思える時もあった。

長いキャリアの浮き沈みの中で、これらの手紙は、雑音と完璧に並置されたものとして届いた。この手紙は、私がこれまで夢見てきたこと、そしてそれ以上のことを実際にやってのけたという確認を与えてくれた。

トップチームで走り、世界最大の舞台で戦い、このスポーツの真のレジェンドたちとチームメイトになれたことは光栄だった。しかし、想像もできなかったのは、それに付随するすべての無形のものだ。

私は外国に住み、外国語を話すことを学んだ。世界中の人々と友情を育んだ。そしてサイクリングは、その分野で最高の人たちがどのようにしてトップに上り詰めるのか、そしてそこに留まるために必要な仕事について私に洞察を与えてくれた。これらすべてが私にユニークな視点を与えてくれた。

サイクリストとしての私の成功の一部は、自分が好きなことをやったからだとわかっている。サイクリングはまた、人生で最も遠くへ行く人は、多くの場合、自分のしていることが好きで、自分がどこへ行きたいかを知っているのだということも教えてくれた。

ライダーとして活動している間に、多くの明確な興味を持つことができたのは幸運だったと思う。興味のあることすべてを探求することを楽しみにしているし、すぐにまた自分への手紙を書く時が来るだろう。

キャリアは一人で築き上げるものではなく、感謝すべき人がたくさんいる。何よりもまず、どんなときも私の味方でいてくれた家族や友人たち。

私を正しい方向に導いてくれたメンターやコーチ、私を信じてくれたチームや人々、そして私のキャリアをずっと見守ってくれたファンの皆さん。この旅でそれぞれの役割を果たしてくれたすべての人に感謝する。ワイルドな旅だった ❤️

 

 

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