ロードバイクの情報を発信しています!

ジュリアン・アラフリップが現役引退を正式発表 悲しみではなく、感謝とともに

海外情報
Image generated by Midjourney
この記事は約8分で読めます。

ジュリアン・アラフィリップが、現役引退を正式に発表した。

昨日の時点で、Xでは投稿していたけれど、心の中では間違いであってほしい、正式発表があるまではと思いあえて記事にしなかった。

ジュリアン・アラフリップは、2026 ツール・ド・フランス第21ステージ、パリ・シャンゼリゼでのレースを最後に、16年間にわたるプロロードレーサーとしてのキャリアを終えることになった。

当初は2027年までTudorとの契約が残っていた。それでもアラフィリップは、その契約を1年残して自らのキャリアに区切りをつけることを決断した。

 

スポンサーリンク

2度の世界王者、ツールのマイヨ・ジョーヌを14日間着用

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Julian Alaphilippe(@alafpolak)がシェアした投稿

 

ジュリアン・アラフィリップが、自転車選手としての人生に終止符を打った。そのキャリアは、単純に勝利数だけでは語れない。

アタックする。集団から抜け出す。そして、苦しくなっても前へ行く。そんな走りを何度も見せ、フランスのファンを熱狂させてきた。

 

アラフィリップは、2018年に初のフレッシュ・ワロンヌを制すると、2019年にはミラノ~サンレモとストラーデ・ビアンケを制覇。

そして2019年のツール・ド・フランスでは、14日間にわたってマイヨ・ジョーヌを着用し、フランス中を沸かせた。

同じ年、世界選手権でも世界王者争いの中心となり、翌2020年にはついに虹色のジャージを手にする。

 

 

そして2021年にはルーヴェンで世界選手権を連覇。2年連続の世界王者という偉業を成し遂げた。

しかし、2度目の世界王者となってからはアルカンシェルの呪いにかけられたのかと思うほど勝利から遠ざかる。

 

大きな転機となった2022年

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Julian Alaphilippe(@alafpolak)がシェアした投稿

 

2022 ストラーデ・ビアンケでは一回転の大落車。大きな怪我はなかったけど。

 

 

そして、2022 リエージュ~バストーニュ~リエージュで大きな落車に巻き込まれ、肩甲骨の骨折、2本の肋骨の骨折、肺の虚脱の大けが。

この時に、真っ先にかけつけたのはロマン・バルデだった。

 

この大けがから復帰して勝利したのは、2022 ツール・ド・ワロニー第1ステージのユイの壁での勝利。ジュリアン・アラフリップ健在かと思われた。

だが、ケガからの復帰はしたけれど、2022年シーズンは2勝に留まっている。

2023年シーズンは、フランスのプロレース、2023 フォーン=アルデシュ・クラシックで勝利。復調を期待させてくれた。

 

 

2023 クリテリウム・デュ・ドーフィネ第2ステージで勝利。この時には、静まれポーズでゴール。

勝利のないジュリアン・アラフリップに対して、チームのGMパトリック・ルフェーブルは容赦ないコメントを何度も発していた。これにより2024年でチームとの契約が切れるアラフリップは間違いなく移籍だと思われていた。

2024 ストラーデ・ビアンケでも落車し、春のクラシックシーズンは骨折をかかえたまま不調。

 

その後も身体の問題や体調不良に悩まされる時期が続いた。以前ほどレースで自由に動けない。

以前のようにアタックしても、そのまま最後まで逃げ切れない。それでもアラフィリップは走り続けた。

 

2024 ジロ・デ・イタリアでは大復活

 

ジュリアン・アラフリップは、2024 ジロ・デ・イタリアで大活躍。記録に残っているだけで8ステージ逃げに乗っている。

第6ステージではスプリントで、Movistar Teamのペライヨ・サンチェスに敗れて2位と惜しいレースもあった。

そして、第12ステージでついにステージ優勝を勝ち取った。この時のことをジュリアン・アラフリップは

そして2024年のジロ・デ・イタリアのあのステージがやってきた。 あのステージは私にとって重要な瞬間だった。

150キロを逃げ集団で走り、ファノで単独ゴールした。それは批評家への答えではなく、自分自身への答えだった。情熱の炎がまだ燃え続けていることの証だった。

 

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

TNT Sports Cycling(@tntsportscycling)がシェアした投稿

 

ジュリアン・アラフリップは、ジロ・デ・イタリア第15ステージの前に、第12ステージで一緒に逃げていたTeam Polti Kometaのミルコ・マエストリにジャージをプレゼントしている。

こんなことをする世界チャンピオンなんて、中々いない。義理堅い人だ。

そして、パリではジロ・デ・イタリア総合敢闘賞で表彰台に上がった。

 

2025年にはTudor Pro Cyclingへ移籍し、若手選手たちと新しい環境でキャリアを続けた。

2026年シーズンを迎えた段階では、まだ引退を決めていたわけではない。ところがツール・ド・フランスを終えた後、本人の気持ちは大きく変化していた。

7月のツールでは、アルプ・デュエズでの厳しい山岳ステージを終えた直後、アラフィリップはレースそのものに以前のような楽しさを感じなくなっていることを示唆していた。

そして最後のレースとなったツール・ド・フランス第21ステージ。パリ・モンマルトルの石畳の上りでは、集団から遅れながらも沿道のファンと最後の瞬間を味わうように走った。

その後、シャンゼリゼのゴールへ。振り返れば、あれがアラフィリップの最後のレースだった。

引退発表の中で、アラフィリップは今回の決断を「今が正しい時期だった」という趣旨で説明している。

数字やデータに従うのではなく、自分の感覚を大切にしてレースを走ってきた。そして引退の決断も、同じように自分の感覚に従ったという。あるトレーニングキャンプの朝、「これが最後の年だ」と感じた。

それは悲しい決断ではなかった。むしろ、長いキャリアを終えられることへの感謝が大きかったという。

 

失敗さえも「アラフィリップらしさ」

 

本人がキャリアを振り返る中で、唯一の後悔として挙げたのが2020 リエージュ~バストーニュ~リエージュ。

勝利を確信して早すぎるタイミングで両手を上げ、その直後にプリモシュ・ログリッチに差し切られた、あまりにも有名なレースだ。

しかし、それすらも自分らしいレーススタイルの一部だったと受け入れている。攻撃する。リスクを取る。失敗することもある。それでも、自分の走り方を変えなかった。

それがジュリアン・アラフィリップという選手だった。

ジュリアン・アラフィリップのキャリアを数字だけで表すなら、

2020・2021 世界選手権ロード
ツール・ド・フランス6勝
2019 ミラノ~サンレモ
2019 ストラーデ・ビアンケ
フレッシュ・ワロンヌ3勝
そして3大グランツールすべてでステージ勝利

だが、ファンの記憶に残るのは数字だけではない。山岳で飛び出す姿。クラシックで一人になっても踏み続ける姿。

マイヨ・ジョーヌを着てフランス中を沸かせた姿。そして、勝つか負けるか分からない場所から、それでも攻め続ける姿だ。

 

 

ジュリアン・アラフリップのInstagramの投稿

特別な感慨を胸に、私の競技生活からの引退をお知らせするために、この手紙を執筆しています。熟考を重ねた末、パリのモンマルトルを経由してシャンゼリゼ通りを走るツール・ド・フランスの最終ステージで、人生のこの一章に幕を閉じることができたことを光栄に思います。

キャリアを通じて、素晴らしい方々と共に仕事をしたり、出会ったり、あるいは単にすれ違ったりできたことに、心から感謝しています。

また、いくつかの夢を叶え、いつまでも心に刻まれるような感動を体験できたことも、本当に幸運でした。所属したすべてのチームの数々の成功に貢献できたことへの誇り。そして、その喜びを皆さんにも共有できたこと。

最も困難な時でさえ、皆さんは常に私を大いに支えてくださいました。

今後の冒険を皆さんと共有するために戻ってくる前に、ただ心から「ありがとう」と伝えたいと思います。

 

データに抗い、本能でアタックするジュリアン・アラフリップは一時代の終わりを象徴するものかもしれない。これからは家族との時間を大切にするとのことだ。

Tudor Pro Cycling Teamの公式サイトには、ジュリアン・アラフリップのインタビューものせられている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました