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ランス・アームストロングは2度目のチャンスに値すると語るフィリッポ・シメオーニ

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ランス・アームストロングのドキュメンタリーの第1弾がすでに公開されている。

 

このドキュメンタリーの中では、ランスの幼少の頃からが語られている。

これについて、かってアームストロングと法廷闘争でもめていたフィリッポ・シメオーニがランスについて語っている。

シメオーニに対する謝罪にドキュメンタリーでも触れているが、その後についてシメオーニがランスに対する思いを語っている。

 

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2002年の証言から始まる確執

フィリッポ・シメオーニは2002年に法廷で、ミケーレ・フェラーリ医師のドーピング問題に関する裁判で医師の不利になる証言をした。

彼は法廷で1993年にドーピングを開始したこと、フェラーリ医師が1996年と1997年にEPOやHuman Growth Hormoneなどのドーピング製品を処方したこと、そしてこれらの製品の使用方法と使用方法についても彼に指示したことを証言した。

2001年と2002年に、シメオーニはドーピング使用のために数か月間出場停止。

アームストロングは、2003年7月にフランスの新聞Le Mondeとのインタビューでシメオーニを「嘘つき」と呼んだと伝えられている。

シメオーニは、名誉毀損で告訴しアームストロングに対して、10万ユーロを要求。だが、2006年にシメオーニは訴訟を取り下げている。

彼が訴訟を取り下げた理由の一つとなったレースがある。

 

2004ツール・ド・フランス第18ステージ

すでに6度目のツール・ド・フランス優勝にむけて7分のリードをしていたランス・アームストロング。

逃げ集団はリードを奪って数人が逃げていた。これにフィリッポ・シメオーニがアタックして逃げに乗ろうとすると、アームストロングが追従。

結局二人は、逃げ集団に追いつくがリーダーが逃げに乗られては逃げることが出来ない。逃げ集団はランスに戻るように要求したが、シメオーニと一緒でないと下がらないと譲らなかった。

そして、ランスはシメオーニの肩に手をかけて話している。

証言取り消せよ。特に名誉毀損でオレを訴えるんじゃねえ。時間もあるし金もある。いつでもお前を破壊することができるんだぜ。

セリフは大体ですけど。口にチャックのジャスチャーをプロトンに戻ってテレビカメラに向かってしている。

1選手の勝利を目指してのアタックにリーダーが反応するなんてありえないこと。ランスはプロトンの絶対君主だった。

 

こちらは2004ツール・ド・フランス第18ステージの模様。ランスがシメオーニの肩に手をかけて言っているシーンもテレビカメラに写っている。

 

ランスにはいじめられたが2度目のチャンスは与えるべきだ

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アームストロングは2013年1月にドーピングを認めた。その後、ランスはイタリアに行きシメオーニに謝罪している。

私たちは1時間以上も話し合った。何よりも、彼の謝罪、誠実で心からの言葉に耳を傾けた。私は、彼に痛みと苦痛を説明した。

私は何年も付き添っていた多くの幽霊から解放されたが、それを穏やかに話す力がつくまでにはまだ時間がかかっていた。

ランスは多くの物を手に入れるために、いくつかの重大な過ちを犯した。彼は持っていた最も美しく、貴重なものであった伝説と彼の評判を失った。

彼は間違いを犯し、自分の過ちを認め、金を払った男だが、彼が今ページをめくっているのは正しいことだ。

彼は7つのツアーを奪ったが、自転車に乗った人なら誰でも、彼がそれらのツアーに勝ったことを知っている。

彼にとっては困難だったでしょうが、ドーピングなしでも勝ったでしょう。

恐ろしい時間でした-非常に困難で複雑です。それらは誤解され、制裁を受け、今ではおそらくジャンプしてページをめくる時が来ている。誰もが2回目のチャンスに値する。

全ての財産を一度は失ったランス。ドキュメンタリーの公開により新たなチャンスは得られるのだろうか?

 

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