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2026 パリ~ルーベ マチュー・ファンデルプールを襲った4重の悲劇とは?

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Image credit: chan
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あ~、神は今年のマチューには幸運を巡らさなかった。

2026年のパリ〜ルーベ。前人未到の大会4連勝という偉業に挑んだ王者マチュー・ファンデルプール(Alpecin-Premier Tech)を待ち受けていたのは、単なる不運では片付けられない残酷すぎる運命の連鎖だった。

北の地獄が最も牙を剥くアランベールの森で突如として襲いかかった最初のパンク。

救いの手を差し伸べたチームメイトとの間に立ちはだかった、最新機材の互換性という見えない壁。

そして、執念の再出発を嘲笑うかのように起きた2度目のパンク。歴史的快挙となるはずだった彼の夢が無残にも絶たれたのは、これら3重の悲劇が立て続けに重なったためである。

勝利の女神に完全に見放された王者の絶望の1日と、チームの苦悩を垣間見よう。

 

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一度目のパンクと機材の壁

 

マチュー・ファンデルプールの悲劇は、レースが最高潮に達するアランベールの森で幕を開けた。先頭集団でリズムを刻んでいたファンデルプールを、突如として最初のパンクが襲う。

この緊急事態に、すぐ後ろを走っていたチームメイトのジャスパー・フィリップセンが即座に反応した。

フィリップセンは自らのバイクを差し出し、エースに先行を促そうとした。

しかし、ここで予期せぬ事態が発生する。フィリップセンのバイクにはShimanoの新型プロトタイプペダルが装着されており、ファンデルプールのシューズとは互換性がなかったのだ。

 

新機材のテストは、一流ライダーが行うことが多い。だが、まさかエース級の二人でバイクのやり取りが行われるとはチームも考えなかっただろう。これは仕方のないことだ。

自らの脚で漕ぎ出すことができないと悟ったファンデルプールは、フィリップセンのバイクを諦めるしかなかった。

 

ティボール・デル・グロッソのバイクからホイール

 

バイクがなくなったマチューは、ゆっくりとティボール・デル・グロッソのほうに向かう。

ティボール・デル・グロッソは、自分のフロントホイールをマチュー・ファンデルプールのバイクに装着して待っていた。この間約1分間。

 

Image credit: chan

ティボール・デル・グロッソのコメント

後輪が壊れてしまったので、マチューの自転車に自分の前輪を差し込んでみるか、と思ったんだ。どうせレースは終わっていたし、それしかできなかったんだ。

なぜコースの途中にもホイールを用意する場所がもうないのか、私には理解できない。

そうすれば、マチューはホイールを受け取るまで普通に走っていられるし、自転車を回すような手間も省け椅子取りゲームのようにならなくて済むのに。

 

3度目の悲劇

 

ほんのわずか走った時に、マチューに3度目の悲劇が襲う。なんと、またもパンクしたのだ。ようやく、チームカーが来た時には、すでに2分が経過していた。

勝負どころのアランベールの森で2度のパンク。さらにジャスパー・フィリップセンのペダルが違いスペアバイクにならなかったこと。これは非常に大きかった。

 

マチューのコメント

 

アランベールの森でのトラブルについて、詳しく聞かせてください。

ジャスパーがすぐに止まってバイクを差し出してくれたときは、まだ望みがあると思った。でも、彼のバイクに乗ろうとした瞬間に気づいたんだ。

例のプロトタイプペダルのせいで、僕のクリートでは固定できなかった。普段はジャスパーの自転​​車は使わないんだが、彼の体調があまり良くなかったようで。残念ながら、私にとってはあまり役に立たなかった。

 

その後、歩いてティボール・デル・グロッソのほうに向かいましたね。

ああ、彼がフロントホイールを貸してくれて、ようやく走り出すことができた。でも、ウォラーズ・フォレストの終点でまたパンクしてしまったんだ。それでレースは終わりだった。

1日に2回も、それもあのタイミングでパンクするなんて、今日が自分の日ではないことを悟ったよ。

確かに競り合うだけの脚力はあったが、ルーベでは運も必要だ。彼らが走っているのは見えたが、私はすでに最高のショットを使い果たしてしまっていた。

だから、何も得られなかった。春シーズンを勝利で締めくくりたかったので、残念だ。

 

とはいえ、ゴールではワウト・ファンアールトをいち早く祝福してましたね。

誰もが彼のために喜んでいると思う。僕もそうだ。彼にとって素晴らしいことだ。

 

チームの見解 4重の悲劇の理由とは?

 

チームのGM ルードホフトは、何故違うペダルをつけていたのか鋭く質問されていた。

ルードホフトは、ウォラーズの森に入った際に起こった出来事に特に不満を抱いていた。

「軽い衝突事故があった。NSN Cycling Teamの選手がバリアにぶつかったんだ。チームカーが止まり、医師が選手のそばに立ったため、1分以上もその場に留まらざるを得なかった。

もしあの車がみんなの邪魔にならないなら、何も失うものはない。長時間の渋滞と追い越しの不可能さが重なると…もうどうしようもない。」と彼はため息をついた。

 

アランベールの森では、いつもパンクや落車が多発。通常はホイールを持ったスタッフがコース脇に立っている。今年はそれが認められていなかった。この狭い石畳の上では、チームカーは選手に阻まれてすぐに上がることはできない。

チームカーが上がってこれなかったことを入れると実に4重の悲劇だ。マチューは最高の状態でレースに臨んでいた。2分10秒の差を縮めたのは凄いことだし、4位に入ったことも素晴らしい。

だが、彼も31歳。限られた時間の中でこの不運はとてつもなく痛かった。レースは年に一度しかなく、チャンスの時間も限られている。

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