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クリストファー・フルームのおいたち 彼の強さの原点とは

ここのところ、2回連続でフルームのツール・ド・フランス出場が微妙であるとの記事になったので、フルームについて色々と調べてみました。

意外だったのが、現在はイギリス国籍を所有していますが、出身地はアフリカであったこと。

2012年のツール・ド・フランスでの、ブラッドリー・ウィギンスとの確執。

冷静沈着であるように見えますが、実はそうでもない一面もあるようです。

彼のつよさの秘密はアフリカの大地にあったようです。

 

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経歴

  • 本名 Christopher Froome(クリストファー・フルーム)
  • 愛称 FROOMEY(フルーミー)
  • 生年月日 1985年5月20日    現在33歳
  • 妻ミシェル、6ヶ月の子供ケラン、モナコ在住
  • 国籍 ケニア -> 2008年イギリス国籍取得
  • 身長 186cm
  • 体重 67.5kg
  • 心拍数 29 回/分
  • 脚質 ステージレーサー・クライマー
  • ペット:猫(Coco)
  • 好物:しゃぶしゃぶ
  • 趣味:アウトドア

所属チーム

  • 2007 コニカミノルタ
  • 2008–2009 バルロワールド
  • 2010–2018 TEAM SKY

 

主要レース勝利
ツール・ド・フランス
Jersey yellow.svg 総合優勝(2013,2015,2016,2017)
Jersey polkadot.svg 山岳賞(2015)
区間通算7勝
ブエルタ・ア・エスパーニャ
Jersey red.svg 総合優勝(2017)
Jersey green.svg ポイント賞(2017)
Jersey white.svg 複合賞(2017)
区間通算5勝
ジロ・デ・イタリア
Jersey pink.svg 総合優勝 (2018)
Jersey blue.svg 山岳賞 (2018)
区間通算2勝
ステージレース
Jersey yellow.svgツール・ド・ロマンディ 2013, 2014
Jersey yellow-bluebar.svgクリテリウム・デュ・ドフィネ 2013, 2015, 2016
Jersey red.svgツアー・オブ・オマーン 2013, 2014
Jersey yellow.svgクリテリウム・アンテルナシオナル 2013
獲得メダル
オリンピック
2012 ロンドンITT
2016 リオデジャネイロITT
Arc en ciel.svg 世界選手権自転車競技大会
2017 ベルゲンITT
2013 トスカーナTTT
2017 ベルゲンTTT

引用wikipedia

生まれたのはケニア

フルームは1985年にアフリカのケニアの首都ナイロビで生まれました。

地形図を見てもわかるように国の西側は、高度2,000mちかい高地となっています。

ケニアは、東アフリカにありインド洋に面している。赤道直下の国です。
サバンナ、湖水地方、大地溝帯、山岳地方などがあり、ライオン、ゾウ、サイなどの野生生物が生息している、まさにアフリカなのです。

フルームを見てもわかるように白人であり、現地人ではありません。父親がケニアで旅行代理店を行っていました。

彼は兄のジョナサンとジェレミー(現在2人とも会計士)と裕福な郊外で育ちました。鮮やかなアフリカの子供時代を過ごし、自然を探検し、カバに追いかけられ、ニシキヘビを2mの大きさになるまで飼っていたそうです。

ただ、フルームが6歳のとき、両親の代理店は破綻してしまい、彼らの結婚も破局した。その際2人の兄はワーウィックシャーのラグビー校にいましたが、彼は理学療法士の訓練で生計を立てていた母親と共にケニアに残ったのです。

 

フルームのサイクリングとは

少年時代のフルームは、リフトバレーのマサイ族の領土を自転車で走る。当然、未舗装の場所です。そして、ヒヒやキリンを追い抜いていく。まさに自転車に夢中になり憑かれていたのです。

そんな、彼に転機が訪れたのは、母親がローカルレースで、ケニアのサイクリスト、デヴィッド・キンジャにフルームのトレーニングをしてくれるよう頼んだことからです。

キンジャはサファリ・シンバズという選手達を指導していました。

フルームは歳上の選手たちと丘のでこぼこ道を走り、時にはライドの後にキンジャの一部屋しかない屋根の薄い家でケニアの子供たちと雑魚寝しました。

白人として、ただ一人黒人たちの中に入り込み、現地の言葉をたくみにあやつり溶け込んでいったのです。

彼らはフルームを【ムルンガル(ひょろ長い子)】と呼んだ。

「シンバズは僕にスポーツの生の情熱をくれた」

高地での生活とトレーニングは、薄い空気の中での天然トレーニングとなり、より多くの酸素を運ぶ赤血球を身体に適応させ、肉体を進化させていったのです。そしてフルームのスタミナを増大させたのです。

 

ケニアが育てた

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ケニア出身のマラソン選手が強いことは皆さんもご存じかと思います。

小さなころから、自然と高地トレーニングの環境になっており、サバンナを駆け抜けているのです。東アフリカの男子ケニア人とエチオピア人はロンドンマラソンを14回も勝っています。

フルーム選手がたぐいまれなる、身体機能を備えているのは育った環境も大きいと思います。

 

ツールを始めて見たのは

ティーンエイジャーになり、学業のためにフルームは南アフリカのヨハネスブルクに移って父親と暮らしはじめます。それでも、ハイヴェルドの高地トレーニングは続け、休暇はシンバズと過ごしました。

そして彼が、ツール・ド・フランスをテレビで観たのは17歳以降だったといのだからおどろきです。

そして、20歳のとき2006年のコモンウェルスゲームズに出場し、TTで17位に入ります。

その年のU23世界選手権にケニア代表として出場するのですが、コーチもメカニックもなくすべてを一人でこなしたそうです。

そうして、100通を超えるメールのやり取りの末、2007年にベルギーのコニカミノルタにはいります。そしてUCIの選手育成特別チームでレースをするためヨーロッパに渡ったのです。

 

ビルハルツ住血吸虫症にかかる

2010年にビルハルツ住血吸虫症にかかってしまいます。

寄生蠕虫(ぜんちゅう)の住血吸虫を病原体とし、川などの淡水に生息するある種の巻貝を中間宿主として感染します。病状が進行すると下痢や血便などを引き起こし、さらに放置した場合、長期にわたり肝臓などを痛めることとなり、また、特定の臓器にガンを誘発して死に至ることもあります。
2011年にCDC(Centers for Disease Control and Prevention、アメリカ疾病予防管理センター)が発表したデータによると、世界で2億4千万人が感染していると推定されます。

引用https://atm.eisai.co.jp/

発症の90%はアフリカと推定され、年間28万人もの人がなくなっています。

フルーム本人はケニアの川で泳いだときか、自転車で水たまりに突っ込んだときに感染したと信じているそうです。

ブラジカンテル製剤でなんとか免疫力の回復が出来ているようです。

 

欧州プロと違う環境

幼少期からのおいたちを見ると、現在のヨーロッパのプロ選手と大きく異なった環境で育ったことがわかります。

ヨーロッパのように町中で草レースがあり、選手はアマチュア時代からレースを走って鍛えられています。フルームがレースに出た20歳といえば、すでにプロになっている選手も出ている年齢です。

それでも、ここまでの選手になっているのですから凄いことですよね。

最後のライドは

彼の著書の中で、

死ぬ前に最後のライドに出るとしたら、迷うことなく自分が何度も走ったケニアのある坂道を選ぶだろう、といっています。

生まれ育ったアフリカの大地をいかに誇りに思っているかわかりますよね。

参考https://www.telegraph.co.uk/
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まとめ

ツールに出場するようになってからも、彼のエピソードは色々とあります。

スーパースターならではかもしれないですね。

ここまできて、私はフルーム選手の今年のツールでの活躍を期待せずにはいられなくなりました。

ツール・ド・フランス5勝を達成出来るかはわかりませんが、是非トラブルなく走り切って貰いたいものです。

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