ミケル・ランダは、Soudal – Quick Stepから地元スペインのEuskaltel – Euskadiに移籍する。
Euskaltel – Euskadiは、バスク人のバスク人によるバスク人のためのチームとして1994年に創設され、トップカテゴリーを走り続けながらもスポンサーの資金難により2013年限りで解散していた。
2017年にアマチュアチームとして活動していた時に、スポンサーであるFundaciónEuskadi財団の会長に就任したのがミケル・ランダだった。
Euskaltel – Euskadiは2018年には、プロコンチネタルチームに昇格。更に2020年にはプロチームに昇格した。
36歳の今、最後は地元のプロチームで最後まで走るようだ。
2028年末までの2年契約
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彼は決して去ったわけではなかった。そして今、帰ってくる。🟠
ミケル・ランダが再び、Euskaltel – Euskadiのオレンジ色のジャージを身にまとうことになる。彼はエウスカディ財団のユースチームで育ち、このチームでエリートレベルへと飛躍し、2011年のラグナス・デ・ネイラでオレンジのジャージを着てプロとしての初勝利を挙げた。
その後、自転車競技の最大の舞台で活躍したが、この故郷との絆は決して途切れることはなかった。
財団が最も困難な時期の一つを迎えていた際、ランダは立ち上がった。2017年に会長職を引き継ぎ、プロジェクトの存続を支えた。
その後、彼は「Euskaltel – Euskadi」の復活につながるプロセスにおいても中心的な役割を果たし、エウスカテル社と共に「オレンジ・タイド」を再びロードレースの舞台へと導いた。
だからこそ、これは単なる契約以上の意味を持つ。彼は経験、野心、そして個性を持ち込むが、何よりも、この「家」の一員であり続けた人物が戻ってくるのだ。
ようこそ、ミケル。帰ってきたね! 🟠
古巣に戻る
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ミケル・ランダは、2011年Euskaltel – Euskadiでプロデビュー。プロ初勝利は、2011ブエルタ・ア・ブルゴス第5ステージ。
ジロ・デ・イタリアではステージ3勝。2017年にはジロ・デ・イタリア山岳賞も獲得している。2021ジロ・デ・イタリア総合3位。キャリア16勝をあげている。
2024年に、Bahrain Victoriousのエースの座を捨てて、Soudal – Quick Stepに移籍を果たした。レムコ・エヴェネプールの山岳アシストをするためだ。
2024 ツール・ド・フランス総合5位、2024 ブエルタ・ア・エスパーニャ総合8位とレムコ・エヴェネプールをアシストしながら最高の結果をたたき出した。
だが、2025 ジロ・デ・イタリア第1ステージで大落車。ツール・ド・フランスも逃してしまう。
2026年となりレムコ・エヴェネプールは移籍。総合エースの座が約束されていたのに、2026 イツリア・バスクカントリー第2ステージでドクターカーにはねられ、激しく落車した。
この事故はツール・ド・フランス欠場にもつながるほど身体を痛めていた。
ミケル・ランダはブエルタ・ア・エスパーニャの暫定リストに載っているけれど、総合上位を目指せる感じではないかもしれない。
Euskaltel – Euskadi移籍後は、2021年以来の勝利を期待したいところだ。






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