UCI公認レースではないけれど、プッテ-カペレンが開催。Nationale Sluitingprijs Putte-Kapellen
ベルギーではナショナル・クロージング賞とも呼ばれていた。
1929年から開催されており、ベルギーの伝統的に最後のレース。2017年までは1クラスのUCI公認レースだった。
このレースに、Quick-Step Alpha Vinyl TeamのGMパトリック・ルフェーブルからOKを貰った引退したはずのイーリョ・ケイセが出場。
イーリョ・ケイセは、10月9日のメモリアル・リック・ファン・ステーンベルヘン/ケルペンクラシックが最後かと思っていたけど、まだ出るとは~。
プッテ~プッテ 167km
大会前のセレモニーで、イーリョ・ケイセの紹介。
スタートラインには、Alpecin-Deceuninckのドリース・デポンドも登場。イーリョ・ケイセと共に最前列に。
Team Arkéa Samsicのベルギー人、ベンジャミン・デクレルクも出場。当日参加もOKの大会だ。
8kmのニュートラルでは、ドリース・デポンドとイーリョ・ケイセが先頭で走る。コースは16.7kmの周回コースを10周する。
残り8周
残り140kmで、まだ逃げは出来ていない。
イーリョ・ケイセはカメラに向かって何かポーズしている。
残り6周
イーリョ・ケイセも何度もアタック。しかし、当日の夜中に出場OKを貰っている状態では単独で抜け出すのは難しい。何度か先頭で激しく攻める。
逃げは18人
残り5周で、18人の逃げが出来る。当然、ドリース・デポンドとイーリョ・ケイセも入っている。Sport Vlaanderen-Baloiseチームは4人乗っている。これは勝ち逃げになるのかな?
残り60kmでTarteletto-Isorexが引いて1分のタイム差を30秒まで縮めてきた。先頭のペースが合わなくてドリース・デポンドはイライラ。流石に、ワールドツアーチームのライダーとプロライダーでは足が合わないか。
残り1周
残り1周で再編成され、イーリョ・ケイセは単独で逃げようと集団先頭に。
イーリョ・ケイセは残り1周をトップで通過。Team Arkéa Samsicのベンジャミン・デクレルクと逃げようとしたけど無理。
残り10kmで単独アタックもかかるが逃げ切れない。
残り3.3km。集団を引き離してドリース・デポンドとイーリョ・ケイセを含む8人のメンバーが逃げる。
集団は、すぐ後ろだ。
イーリョ・ケイセも先頭に立って先頭集団を引く。
ドリース・デポンドがアタックをかけるが向かい風で押し戻される。
ドリース・デポンドが手を出して、引けよと言っている時にイーリョ・ケイセがアタック!
残り2.2km。逃げ切れないか。
残り2.1km。イーリョ・ケイセが足を止めた。
残り1.5kmでイーリョ・ケイセがアタック!
しかし、逃げれない。
ドリース・デポンドが最後のアタック!
3人で少し抜けたか。集団は後ろだ。
コーナーを曲がって、ドリース・デポンドは、ギリギリの4人で前に出ている。
イーリョ・ケイセも前に出てきた。3番手だ。後ろはドリース・デポンド。
最後に、イーリョ・ケイセがトップに立って集団を引きのばす。
イーリョ・ケイセは、スプリントをさけて横にずれた。
先頭はスプリントだ。
ゴールを制したのはSport Vlaanderen – Baloiseのマリット・アルネだ!
イーリョ・ケイセは、少しはなれて16位で流してゴール。
バイクをフックに
イーリョ・ケイセは、最後に本当にバイクをフックにかけて写真撮影を行っている。こんなの初めて見たかな。
以下はイーリョ・ケイセのコメント。
ハイスピードでかなりタフなレースだった。それに4時間寝てもどうにもならない。私の年齢では無理だ(笑)
最終ラップにトップで入り、何度もアタックをかけてましたね。
プロトンには速い選手が多すぎた。もうあのようなスプリントはできない。もしトライしていたら、9位か10位でフィニッシュしていたでしょう。
唯一のチャンスは、ソロで試すことだった。残念ながら、風が強すぎた。私もここで一人でいた。
先週、バンシュで苦労した。レムコ・エヴェネプールが私を待って素敵な曲を演奏してくれた。
11月24日、クイプケでガラの夕べを開き、サイクリングに別れを告げるんですね。
そこではもっと苦労するだろう。私はすでにトラックバイクを探している。私は休むつもりはありません。私のキャリアは5〜6週間続きます。できる限りトレーニングを続ける。
イーリョ・ケイセがパトリック・ルフェーブルから青信号を貰ったのは午前3時。当日にレース出場OKと言われても流石に準備不足なのは当然だ。それでも、最後まで勝利を追い求めたのは流石だ。
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