クリス・フルームが、2025年8月にフランスで起きたトレーニング中の事故について、これまで以上に詳細を語った。
4度のツール・ド・フランス総合優勝を誇るフルームは、2026年7月に現役引退を正式に発表した。しかし、事故から引退発表までには長い時間があった。
なぜ、これほど長く引退について語らなかったのか。その理由は、引退を決断できなかったからではなかった。
そもそも、引退を発表するための状況にすらなかったのだ。
文字通り、死にかけていた
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フルームがCyclingnewsに語った事故の状況は、想像を超えるものだった。
事故ではすべての肋骨を骨折し、胸郭が潰れるような状態になった。さらに右肺にも大きな損傷を負い、心臓を覆う心膜まで裂けた。
本人は当時を振り返り、「文字通り、死にかけていた」と説明している。
救急車は事故から7~8分ほどで到着したという。
フルームは、もし救急隊の到着がこれほど早くなければ「今日ここにいなかったと思う」と話しており、自分が生き残れたことを大きな幸運だったと振り返っている。
ヘリコプターでトゥーロンの病院へ搬送され、緊急手術を受けた。心膜は縫合され、肋骨には金属プレートが取り付けられた。
しかし、ここからさらに長い闘いが始まる。
1月まで病院にいた
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フルームは事故後、数カ月にわたって入院生活を送った。
最初に自転車へ戻ろうとしたのは12月だった。しかし、その後、肋骨に固定した金属プレートの周辺で感染症が発生。
再び手術を受けることになり、肺には再びドレーンが入れられた。本人によれば、1月まで病院にいたという。実に6か月….。
「8月に事故に遭って、文字通り1月まで病院にいた。発表をしたり、PR活動をしたりできる状態ではなかった」
フルームが引退について長く語らなかった理由は、ここにあった。
事故は「キャリアの終わり」を決定づけた
フルームにとって、今回の事故は単なる大けがではなかった。
2019年のクリテリウム・デュ・ドーフィネのタイムトライアル試走中にも大事故を起こし、大腿骨、肘、肋骨、骨盤などを骨折。その後、長いリハビリを経て競技復帰を果たしていた。
それでもフルームはレースに戻ることを諦めなかった。しかし2025年の事故は、それとは異なるものだった。
本人は事故直後から「もう二度とレースを走れない」と考えていたという。
そして、2人の子どもを持つ父親として、自分がなぜここまで危険なことを続けているのかを考えるようになったとも語っている。
それでも自転車には乗っている
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興味深いのは、引退後もフルームが自転車そのものを手放したわけではないことだ。
現在は競技としてではなく、頭を整理するためにレクリエーションとして自転車に乗っているという。
4度のツール・ド・フランス王者、7度のグランツール総合優勝。
華々しいキャリアの最後は、ステージ上での勝利でも、チャンピオンジャージでもなかった。
生死をさまよう事故。そして、長い入院生活だった。それでもフルームは生き延びた。
今回、事故について詳しく語ったことで、なぜ彼が引退について長く沈黙していたのか、その理由が初めてはっきりと伝わってきた。
引退を発表することさえできなかったほどの大事故。
それが、クリス・フルームの現役生活を終わらせた最後の出来事だった。





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