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2026 世界選手権ロード なぜ米国は勝てた?シモンズとヨルゲルソンの完璧な仕事

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2026 世界選手権男子エリートロードは、ブランドン・マクナルティが残り約32kmから独走し、アメリカに1993年以来となる世界王者のタイトルをもたらした。

しかし、この勝利はマクナルティ一人の力だけで生まれたものではない。

米国代表にはマクナルティのほか、クイン・シモンズとマッテオ・ヨルゲルソンという強力な2人がいた。

シモンズは中盤からマチュー・ファンデルプールらとともに前方へ飛び出し、ヨルゲルソンとマクナルティを後方に温存。さらに終盤にはヨルゲルソンが追走集団の動きを抑え、マクナルティが単独で抜け出すための状況を作り出した。

レース後、マクナルティ自身も「3人で最終局面を走る」という米国のプランがあったことを明かし、シモンズとヨルゲルソンの働きを称えている。

 

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クイン・シモンズ

 

クイン・シモンズの仕事は、レースのかなり早い段階から始まっていた。

モントリオールの厳しいコースで、マチュー・ファンデルプールとワウト・ファンアールトらが残り約90kmの地点で動くと、シモンズもその動きに加わった。

まだゴールまで約90kmも残っていたが、シモンズは前方に残ることを選択した。

「マチュー・ファンデルプールとワウトが動いたなら、彼らの判断を信じなければならない。彼らはかなり優れた選手だからね」

シモンズはそう振り返っている。

そして前方に残ることで、後方にいたヨルゲルソンとマクナルティに大きなメリットを与えた。

シモンズ自身も、もし後方からさらに強いクライマーが動けば自分はついていけないと考えていた。

そのため前方に位置し、ヨルゲルソンとマクナルティを追走集団の中で休ませることが、米国にとって二つの勝ち筋を残すことにつながったという。

 

何でも可能だ

 

世界選手権の前夜、米国代表の3人はチームとしての戦い方を確認していた。

シモンズによれば、3人は「何があってもアメリカ人を表彰台に乗せる」という目標を共有。

そのうえでシモンズは、

「みんな、何でも可能だ。表彰台のために走っているけど、こういう走り方をすれば、もっと上を狙える」

という趣旨の言葉を仲間に伝えたという。

結果的に、その言葉通りになった。

シモンズはマチュー・ファンデルプールらと前方で動き続け、マクナルティとヨルゲルソンを後方に残した。

そしてマクナルティが終盤に動いたとき、シモンズは再び追走集団で仕事をすることになる。

最終的にシモンズは4位。表彰台には届かなかったが、レース後には「チームが虹色ジャージを獲得したのだから、メダルを逃したことなど気にしない」という趣旨のコメントをしている。

さらにStravaのデータからは、その走りがどれほど激しかったかも明らかになった。

約6時間30分に及ぶレースで平均パワーは291W、正規化パワーは361W、ピークパワーは約1100Wに達していた。

4位という結果以上に、マクナルティの世界王者獲得を支えた仕事が際立っている。

 

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マッテオ・ヨルゲルソン

 

一方、マッテオ・ヨルゲルソンの仕事はレース終盤に大きな意味を持った。

シモンズが前方で動く一方、ヨルゲルソンとマクナルティは後方でポール・セイシャス、アイザック・デルトロ、レムコ・エヴェネプールら有力選手をマークしていた。

米国代表のプランは、3人のうち誰かを最後の勝負に送り込むことだった。

そしてマクナルティが残り約32kmで単独アタックを決める。

ここで重要な役割を果たしたのがヨルゲルソンだった。

マクナルティが前に出た後、ヨルゲルソンは追走集団の中で何度も動きを見せ、他の有力選手が協力してマクナルティを追うことを難しくした。

ヨルゲルソン自身も、マクナルティの単独逃げが決まった後は「アタックに反応し、他の選手をいら立たせることができた」と振り返っている。

 

すべてのエゴを捨てた

 

ヨルゲルソンは世界選手権に向けて、所属するVisma | Lease a Bikeのスタッフから得ていた分析手法も活用していた。

大会前週には自ら分析資料を作成し、米国代表の仲間に送ったという。

「普段なら自分のチームのコーチ陣がやってくれる。でも今回は自分でやった」

とヨルゲルソンは説明している。

さらに米国代表の3人は、個人の結果ではなくチームとして勝つために「すべてのエゴと個人的な利益を脇に置いた」と振り返った。

これは、ヨルゲルソン自身が8位でフィニッシュしたことにも表れている。

自分が世界王者になる可能性を追うよりも、マクナルティが勝つための状況を作ることを優先した。

それでもヨルゲルソンはレース後、「自分にとって最高の勝利かもしれない」と語った。

マクナルティが虹色ジャージを手にしたことを、自身の勝利と同じように喜んでいたのである。

米国代表は3人がそれぞれ異なる仕事をした。シモンズは早い段階から前方に入り、マクナルティとヨルゲルソンを温存。

ヨルゲルソンは終盤に追走集団をかく乱し、マクナルティのアタックを成立させる。

そして最後にマクナルティが単独でゴールへ向かった。

世界選手権でアメリカが手にした虹色ジャージは、マクナルティの強さだけでなく、シモンズとヨルゲルソンが積み重ねた仕事によって生まれたものだった。

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